吾輩はnekoである

そこは波斯か阿弗利加か、我が祖先がミャアと産声をあげまた地に還った遠い遠い生まれ故郷。如何なる縁か山越え谷を越え、ついに至るは日出づる処。大陸の東の端っこの、そのまた向こうの荒波に揉まれて洗われ、絶えず震え動く小さな島々。

かの地に住まう人間と過ごしてはや幾年月。牛が車をひいていたときから電動機が車を動かすときまで、日向ぼっこをしながら人間社会を冷眼視してきた経験は、この上なく貴重である。

ここでは、芸術、文学から、猫の駅長に至るまで、我が眷属と人間とのかかわりを論じたい。我々の存在がいかに彼らの生活の一部になっているか、客観的な――つまり猫的な――考察をお届けする所存である。

なお、これだけは断っておく。出典未記載の猫の画像はNDLデジタルコレクションから、「百猫画譜」の立斎広重によるものでる。